夜を待つ暁光

20250604181126
新天地がちょっと怖いヒカセンとそれをからかったりはげましたりする幼馴染リテイナーのはなし

    • 紅蓮4.5~漆黒ネタバレ
    • 自キャラしかいない
    • 「クルザスに定着するアウラ・ゼラのコミュニティ」概念がある

広場で淡紅の髪をした幼子が鶺鴒のような美しい歌声を響かせている。わたしたちの妹だ。いつだったか、あの子の英雄譚に憧れ「わたしも冒険者になりたい!」と当の英雄殿である親友に飛びついたとき、彼女は珍しくまともな顔で「フフは弓と唄が上手いから吟遊詩人になるといいかもねえ」とアドバイスをしていたことを思い出す。それからしばらくそのアドバイスを真に受けて、妹はお古の弓を振り回したり弦をかき鳴らしながら、でも英雄殿よりも美麗な歌声で村中歌いながら走り回っていたものだった。

宴の輪から外れてわたしたちは村はずれの丘に繋がる石段に座っていた。そこは村の中で一番高く、石段の一番上に座ると広場の様子もよく見えた。

そうして二人で広場を眺めていると、酒瓶を手にこちらへ向かってくる小柄な女の姿が見えた。短く刈った銀髪で、角は蟹の脚のように横にせり出した形の、紛れもない例のわたしたちの親友。

「よお!主役が抜けてきていいのかよ!」

隣の姉のほうがこちらを見上げる顔に声をかけた。彼女は「大丈夫よ。もうみんなフフの歌に夢中だもの」と言うと、わたしたちの隣に腰掛ける。

同じ時期にエオルゼアへ出たわたしたちはよく三人揃って里帰りをする。そのたびに集落の年寄りたちが無事の帰還と活躍を喜び、広場で宴を開いてくれるが、今回ばかりは様子が違った。彼女がわたしたちの遠いルーツ、アジムステップで草原のアウラの試練を踏破したこと、終節の合戦で武功を上げた事を何よりも喜んだのだ。
それはアラミゴという国の解放者になったことよりも素晴らしい功績だったらしい。草原を知る年寄り達は、離れた地で生まれ育った子供が、自らが追われた地で名を立てたことを涙を流して喜んだ。

「ここまで思い入れがあるなんて思ってなかったわ。バルダムとか合戦とかはついで、みたいなものだったのに」

そう言って手渡された瓶は彼女の手土産、彼女の懇意にするイシュガルドの酒場で仕込まれたスパイスワインだ。

「やった〜 私これ大好き!」
「アタシも! やーこれを手軽に飲めるようになったのも英雄様のおかげだよなぁ」

そう言うのも、今まで低地ドラヴァニアの片隅にあったわたしたちアウラの集落は長らくイシュガルドを避けて、そしてイシュガルドから来た人間を警戒して暮らしてきた。理由はわたしたちの角と鱗だ。千年もの間ドラゴンと戦争を続けきたイシュガルド人は竜と通じた異端者の排斥も行ってきた。角と鱗のあるわたしたちアウラは「竜と通じた異端者」と誤解され、殺される事件が最近まで度々あった。
それもまた、英雄たるわたしたちの親友が千年の争いを平定し、かくしてドラヴァニアに住むアウラたちがこそこそと逃げ隠れる必要もなくなったというわけだ。今では商いのためにイシュガルドに出入りする同胞もいるくらいだ。

「やめてよ。そうやって変に持ち上げるの。全くもう」

そう言って彼女は瓶をあおった。その様子がいつもの、ヘラヘラとしていて何かしてやろうと隙を伺う悪辣なガキの様な表情、ではないことに、わたしたちはとっくに気づいている。
こうして憂いを帯びた目で黙っていると、何人も男を転がせそうなほど麗しい顔つきなのに。……おっと。

「……ねえ、大丈夫?何があったの?」

今度は妹のほうが問いかける。「ギムリトから帰ってきてからこっち、ずっと悩んでるみたいだけど」
「そうだぞ。あっちで何があったんだ」

姉も便乗して声をかけると、長い沈黙のあと、彼女は口を開いた。

「機密」

「んだよも〜〜すぐこれだよ!」
「だって本当の事だもの」
そう言いつつ、彼女はじろりと私達を睨みつける。「噂には聞こえてるでしょ?暁の賢人たちのこと」
頷いた。暁の血盟は沈黙を貫いているが、ここ最近各国に出入りする賢人たちの姿が揃いも揃って消えてしまったのだ。「帝国に殺されたのでは」だとかなんだとか噂を立てる者もいるが……

「生きてるわよ」
彼女は断言した。が、表情が暗い。

「みんな、ええ、生きてはいるの」

それ以上は言えないらしくそのまま口をつぐんだ。これ以上は言えないこともあるだろうが、その言い方で、相当に深刻であることは伺えた。

「……あと、これは、いい? 変な反応しないでよ。あと一応機密だけど……あんたたち私のリテイナーだしちゃんと言っとかなきゃだから言うけど」
少し沈黙した後、彼女は前置きを早口でまくし立てると、続けて言った。
「端的に言うと異世界に行くことになった」

***

「「ハァ〜〜〜〜〜!?!?!?」」
「だからおかしくなったかみたいな反応しないでって言ったでしょ!!!!」

絶叫した彼女の瞳の光輪がギラギラ輝いている。あ、これマジに切れてるサインだ。わたしたちは口々に「ごめん」と彼女に詫びを入れる。

「で、なんでその異世界とやらに行くことになったんだよ」
「わからない。でも、鍵は全てこちらにあると言われたわ」
「誰に」
「知らん」
彼女はそう言ってからふと、あれ?と目を泳がせた。「でもあの声、どこかで聞いたことがある気がするのよね……誰だったかしら……」

しばらく思い出そうとしていたが、やがてどうにも思い出せないらしく、「まあいいか」とつぶやくとわたしたちに向き直った。
わたしたちはわたしたちでその間、あまりの荒唐無稽な話に「今までのは全ていつものいたずらで、しょぼくれた態度も演技だったんじゃない?」と話し合っていたが、相変わらず浮かない表情であることと、マジギレした様子を見て、これは本当かもな、と結論づけたところであった。

「ま まあ、暁なら異世界のひとつやふたつ、ビョンと行きそうではある か?」
「そうだねえ〜 なんかありえそうな気がする〜」

わたしたちがフォローするように口々に軽口を言う様子を見て、親友は心底呆れたような顔をした。
「えっ?それだけ?」
「えっ?」
「なんかもっとあるでしょ!?」

わたしたちは姉妹で顔を見合わせた。

「「もしかして、怖いの?」」
「そりゃ怖いでしょうよ!!」

親友は腰を浮かせてまくし立てた。「異世界だよ!?誰も行ったことないんだよ!?!?帰ってこれるかもわかんないし……………怖くないわけないじゃん!!」
ははあ、そんなことか。わたしたちは納得した。……少し言葉が途切れた時間の中に「失敗したらみんなが助からないかも」というニュアンスの言葉がとぎれとぎれに聞こえた気がしたが、おそらくそこは機密だろうから、スルーしておくことにする。

「なに今更ビビってんだよ。いつもと同じだろ?」
「そ〜そ〜、初めてイシュガルドに入ったときより怖いものはないって〜〜」

彼女はグッ、とくぐもった声を漏らしたあと、小さく「確かに」とつぶやいた。それくらいここのアウラにとって当時のイシュガルドというのは恐怖の対象だった。初めて街中に足を踏み入れた時は、緊張と恐怖で足がすくんだ事を思い出す。

「ほらな? いつもみたいに新天地わーい!って喜び舞って行ってこい!」
「そうだよ〜〜飛び込んでみたら案外さほどでもないって。今までだってそうだったじゃん?」
「た、他人事みたいに言いやがって……」

申し訳ないが実際そうだ。もちろん、わたしたちの親友には、勇んで未踏に挑み、死んでほしいわけではないが。なぜだか彼女なら何とでもしてしまう力があるように感じられて、「大丈夫だから行ってこい」と根拠もなく背中を押してしまうのだ。
そしていつもこう言ってしまう。「なんだかんだ言って、お前ならなんとかしてしまう気がするんだよね」と。

今回もそれを聞いた親友は、恨めしい顔でわたしたちを睨みつけた。
「だからいつもいつも変に持ち上げるのやめてよね。私をなんだと思ってるのよ……」
「英雄殿!」
「英雄様〜〜」
「ハァ〜〜〜〜!!!!」
親友は大きくため息をつくと、浮かせていた腰を降ろして、瓶のワインを飲み干した。
「でもそうね、怖い怖い言ってたってどうせ行くんだもの。……腹くくらなきゃね」

ありがとう。親友がそう小さく口にしたのをわたしたちは見逃さない。

「じゃあお礼にさぁ、お土産ちょーだいよ。異世界の何か」
「わたし異世界のワインがいいな〜 英雄様〜」
「異世界にもワインってあるのかしら……」

✻✻✻

彼女が旅立ってからしばらくして、わたしたちは賑やかな紅い妖精……? に彼女の伝言を受け取ったり様子を聞く夢を見るようになった。そして必ずその夢を見た翌朝は、彼女から預かっている荷物が必ず増えているのだ。それは見たこともない鉱物だったり、装備だったり、何かのモンスターの一部だったり……
姉妹でそれを見せ合い、「本当に異世界に行ってるんだなあいつ」とわたしたちは笑い合った。