ラザハンで昼食を

2024年2月10日

ニャンとヒカセン(アウラ♀)が飯食ってだべっているだけのお話。

・時系列は6.0から6.1の間
・暁月後、全体的な小ネタバレがある
・「重体でしばらく入院していたヒカセン」概念がある
・「クルザスに定着するアウラ・ゼラのコミュニティ」概念がある

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  アウラ・ゼラの女は華奢な見た目に反してやたら屈強だ。

 小枝みたいな細い腕で重い物を持ち、戦でも同族の男に負けじとその力を振るう。そして身体のどこに入っていっているのか不気味になるほどよく食う。イルサバード派遣団に参加したアジムステップの女達も概ねそんな奴らばかりだった。

「……相変わらずよく食うな」

「そう? 普通だと思うけど」

「大勢で取り分ける料理を一人でかっ食らう奴は普通とは言わん」

 そして今、俺の目の前でハンサの丸焼きを一人で食い尽くさんとしている「暁の英雄」であり俺の相棒もまたそういったアウラ・ゼラの女だ。

 

***

「サシ飯をしましょう」

 ある日の午後、そいつは俺の滞在するラザハンの食事処に唐突に姿を現した。曰く、暁の他の連中とは食事を交えて交流する事があったが俺とはそういった事がなかった。だからサシで飯を食おう、と。

「……前食っただろう、ここで」

「アレは無し。交流目的じゃなかったじゃない、まず」

 厳密には一応こいつとは食事を共にしてはいる。ここで起こった終末の混乱を納めた後、礼としてこの飲み屋で酒(未成年の奴らにはもちろん茶だったが)や食事を供された。こいつが言った通り、その食事の時間は休息と今後についての話し合いの場となった。

「そもそも、悪いがさっき昼飯は終えたばかりでな」

「そう残念。でも今日“も”この後特に用事は無いのでしょう?」

 くそ、見透かしてやがる。俺が舌打ちをすると相棒はふふん、と得意げに口の端を吊り上げた。そのまま向かいの席に付き、注文を取りに来た給仕に何品かオーダーすると再びこちらに顔を向けた。「私が食べてる間話し相手になって頂戴よ」

「……言っておくが俺はこう言うのは得意じゃない」

「そう。まあ私もそうなんだけど」

 じゃあ何で誘った? 相棒を睨むがこの女はどこ吹く風だ。さっそく届けられた蒸留酒に口を付けている。

「まぁ、今回の事で……やっときたい事は後回しにせずにちゃんとやっとこうと思っただけよ」

「……そうか」

 その気持ちは分からないでもない。終末にまつわる一連の出来事は、本当に誰がどこで命を落としてもおかしくなかった。まさに俺自身も天の果てで一度は消滅したようなものだ。別の形ではあるが、こいつもそうだ。たったひとりで元凶の前に残り、死闘の末なんとか戻って来れば良く生きてたなと言わんばかりの酷い有様だった。そういう経験をすると、「後悔しないよう」という心持ちに確かになるものだ。お互いに、あの時言葉を交わしておきたかった、とか。

 そういう事なら付き合ってやるか―――

 

「あと君ずいぶん暇そうだしね」

 

 椅子を蹴って席を立ってやろうかと思った。

***

 とはいえ、この国の太守たるヴリトラに招致されたものの「しばし待機」と告げられ、日がな街中をブラブラしている奴と、天の果てで瀕死の重傷を負い最近まで療養していた奴である。お互いに近況報告らしい近況報告はないものだ。

 暁の解散の日こそ、相棒も他の連中と共に今後について語り合いお互いの出発を見送ったが、実のところこいつはその時点でも絶対安静を幻術士や錬金術士達から厳命されていた。見送りが終われば自宅なり何なりで療養するよう言いつけられていたのだ。勿論、黙ってその通りにする女では無い事は俺を含め暁の連中は分かっていたので、治癒魔法が使える連中は何かあればすぐ動ける算段をつけ、様子を見よう、という話を内々でしていた。

「ああ、まあ。そういう所じゃないかな、というのは」

 と、本人も薄々気づいてはいたようだ。みんな私の性格分かってるもんだね、とハンサの肉を齧りつつ蒸留酒をあおる。

 しかしながら、国の連中やら何やらは違ったようだ。解散の日翌日、さっそく古巣であるグリダニアの冒険者ギルドに出向いた所、待ち構えていた(こいつの所属する)双蛇党の連中に取り押さえられ、幻術士ギルドに放り込まれてそのまま強制入院と相成ったとの事だ。

「いやーびっくりしたね、あれは」

「……驚く事か。当然の報いにしか思えんが」

「いつもだったら逃げ切れるのに、やっぱ重傷だったって事ね。あんな速攻で追いつかれるなんて」

 そういう事かよ。思わず眉間を抑えた俺の前に蒸留酒と持ち込みで炙ってもらったイカの干物が運ばれて来る。

「でもお陰で大分調子は戻ってきたかな。先生達にも戦闘とか激しい運動をしなければそろそろ働いても良いって言われたし」

 だから、最近は漁師ギルドに入って釣りをしたり調理師ギルドに入って料理を学んだりしていた、と相棒は次に運ばれて来た豆のカレーを掬いながらにこやかに語っている。―――語っているが、その姿に矛盾があった。

「そうか……今の格好は、どう見ても釣りなんかする格好じゃないが?」

 その時こいつが身につけていたのは、袖がなく胸元に妙な意匠の付いた黒いドレスのようなローブ。「第一世界」とやらで手に入れた呪術士の装備、と以前話していたもののはずだ。

「…………」

「…………」

 無言でおもむろに背負っていた呪具を隠そうとする。いや、今更すぎるだろう。

「あの、いや。これには訳がありまして」

「ほう?」

「ウルティマ・トゥーレに行く前に頼まれてた仕事が残ってて、内容的にもそんなに後回しにできなかったし……」

 こいつが言う仕事とは、各国に現れた偽神獣の対処の事だ。俺達も概要ほど聞かされているが、確かに早急に方を付けたい件だというのは理解できる。

 それで、―――元々ひとまず討伐の目処が付きそうだったイシュガルドの偽神獣対策に向かい、討伐を終えて来た所だったと相棒は白状した。

「そうか。まぁ無事終わって何よりだが、……あいつによく止められなかったな」

「あー……そもそも入院してたのも知らなさそうだったね。ましてや幻術士ギルド抜け出して来たなん……」

 

 相棒が再び失言して口を押さえる。―――そうか。抜け出したのか。生暖かい視線を向けると、バツが悪そうに視線を外した。

「えーと、この件は内密に……病院勝手に抜け出したよしみで」

「……」

 それを言われると二の句が継げない。俺もまたかつて無断で病院を抜け出して国を出た同類だ。

***

 さて。いよいよ近況報告がなくなれば、他に咲かせるのは思い出話ぐらいなものだ。話は自然とイシュガルドの話になった。

 俺からは、エレゼンのガキと変わらない背丈のくせに大斧を振り回す女がやって来て随分唖然とした等と言った事、相棒からはやたらめんどくさい性格の男だなと思った等と初対面の時の印象について憎まれ口を叩き合う。

 俺の祖国での出来事は、相棒を英雄へと押し上げ得難い経験にもなっただろうが、その分喪ったものも大きくそれらが未だにこいつに影を落としているのを知っている。それでも、あの時は面白かった、あれは可笑しかったと目を輝かせて話す姿を見ると、少し安堵した。

 つい、そう口を滑らすと、相棒は少し目を見開いた。

 

「そんなこと思ってんだ。意外だな」

「なんだ? 俺には人の心がないとか思ってるのか」

「んははは、まあそれなりにね!」

 

 今日何度目かの舌打ちが出る。本当に、この女は俺に対して口さがない。

 そうしているとまた料理が運ばれてきた。イカをトマトや香辛料で煮たもののようだ。これも複数人で取り分けるサイズ―――おいちょっと待て。

「これも一人で食べる気なのか!?」

「ん?」

「お前、分かってるか? それも本来は複数人で取り分ける量だぞ!?」

  ここに取り分け用の皿が置かれただろう、とテーブルの脇の小皿を指さすと、相棒は少し考えてから、

 

「もしかして食べたかった? イカだし」

「違う!!」

 思わず声を張って否定する。が、分かっている。こいつは俺の言葉の意図を理解した上でわざとふざけている。そういう女なのだ。

 「もういい。……気になっていたんだがアウラ族ってのはそんな食う種族なのか?」

 そこで先に抱いた印象、というか疑問を口にした。―――アウラ・ゼラは屈強で大飯喰らい、そういう種族なのか、と。

 

「……まぁ、現役の草原暮らしの皆さんはそうなんじゃない?」

「現役」

 お前は違うのかと問うと、相棒は頷く。「私アジムステップ生まれじゃないの。植民都市の方のシャーレアン……まぁイディルシャイアと言った方が馴染みがあるくらいだけど、その辺よ。生まれは」

「ほう」

 こいつの身の上話というのを初めて聞いた。まさか同郷、ではないが同じ地方の生まれだったとは意外だ。

 少し身を乗り出した俺を見て相棒は意外そうな顔をした。

「ん?……あれ? 興味ある?」

「そりゃあ知り合いの昔話なんて人並みに興味は沸くだろう」

「なに? 心境の変化? ちょっと前まで人なんか興味ねえーって態度だったのに」

 口を押さえてニヤニヤ嗤う女を俺は疎ましげに睨んだ。こう言ったやりとりをしている間にもこいつの目の前に置かれた料理は猛烈な速さで減っている。

 

「まぁ、そうだな……こっちは「過去視」だかなんだかで勝手に覗かれるわ何処ぞの野郎に勝手にバラされてる訳だからな。……そっちもガキの頃の話のひとつやふたつしてもらわないと不公平ではあるな」

 顔を歪ませたまま口の端を釣り上げると、相棒は「いや過去視は好き勝手に見れるものじゃないし不可抗力なんだけど」とぼやく。

「いや、でも。不公平ってのは一理あるか。君には申し訳ないぐらい平穏な子供時代だしちょっと抵抗はあるけど」

「んなもん気にしなくていい。……それにしても、クルザスにも居たんだな。アウラ族」

 結構いるよ、と相棒は事も無げに答えた。曰く、部族の戦でアジムステップから追われた弱小部族やら、派閥争いに負けた大部族の一派やらが、草原に環境の近いクルザスに流れ着く事は度々あったのだと。そう言った連中は牧畜の知識や技術を生かして大撤収前のシャーレアンでグリーナーになる者、商売を営む者、モブを狩って生計を立てる者、様々だったという。

 相棒もまたそう言った経緯でクルザスに移り住んだ一族の娘だと語った。両親や親族たちも他のアウラ・ゼラと同様、シャーレアン、大撤収後はイディルシャイアで商店を営む傍ら、一族の伝統として羊を飼い暮らしていたそうだ。

 羊飼い。妙な共通点があったものだ、と思う。

 

「そんなにいるなら多少見かけても良いぐらいだが……」

「まぁそりゃあねえ、この見た目だもの」

 そう言って相棒はちょうど俺の耳の位置にせり出した、蟹の脚にも似た角に手をあてがった。「子供の時は良く言われたもの。「絶対にイシュガルドの方には近づくな。絶対にイディルシャイアにいる以外のエレゼンには姿を見せるな。殺されるぞ」……って」

 

 あまりの剣呑さに思わず呻いた。確かに今こそ見慣れたものだが……アウラ族の顔や身体に張り付いた鱗や耳の位置からせり出した角は、竜のそれにも似ている。時が時なら、竜と交わった異端者として捕らえられ処刑されてもおかしくはない。

 そして、実際にそうやって処刑された一族が出たからこそ、クルザスに住むアウラ・ゼラは子供の頃から親達にきつく言いつけられていたのだ、と相棒は付け加えた。

 

「まぁそういう訳だから。最初イシュガルドに入るってなったとき、結構怖かったんだよねえ」

 

 少し空気が重くなったのが気に障ったのか、事さらに厭味ったらしくそいつは笑った。「特に何処ぞの竜騎士様とか、出会い頭にブッ刺されたらどうしようかと思ってたよね!」

「俺をなんだと思ってたんだ……」

 さすがに貴族様の客人であり、友人の協力者を有無を言わさず突き殺すような真似をする訳がないだろうが。

 そう言いつつ、「竜のような女」という印象より、ガキみたいな図体の女が自らの身幅より広い大斧を背負い、まさに「斧が歩いて来た」衝撃の方が強かったのは確かだった、と思い返した。

 

***

 その後もカレーを三種と肉料理(これも複数人で取り分ける量のもの)、デザートまで平らげ、相棒は昼食を終えた。恩人から金は受け取れないと固辞する店の女主人に「せめて半額だけでも」と頼み込み、無理やり押し付けるように払うと相棒は席を立った。

「で、この後はどうするんだ?」

 俺はなんとなしに予定を訊いた。―――訊いては見たものの、そろそろ各国に情報が回ってくる頃合いだ。こいつの包囲網も狭まってきているだろう。

「まぁ、まずは逃げるとして」

 本人も追っ手が迫っているのは把握済みらしい。「……しばらく第一世界か月に隠れるかな……頼まれてた仕事(おつかい)何件かあるし」

 そうか、こいつには異世界や宙域にも逃げ場がある訳か。特に第一世界とやらに逃げ込まれてしまっては現状誰も手が出せない。こいつを大人しくさせておきたい連中はなかなか苦労するな、と苦笑が漏れる。

 店を出てエーテライトプラザまで出ると、じゃあここで、と相棒は口を開いた。イェドリマンで抱えていた仕事を数件片付けたら、さっそく例の「第一世界」に向かうと言う。

 

「そうか。ま、捕まらないようせいぜい頑張れよ」

「そっちも暇過ぎて鈍らになる前に仕事にありつけるといいわね」

 その言葉には舌打ちで返した。

「じゃまた、近いうちに」

 そう言ってお互いに片手を挙げ、別れた。 

***

 ―――確かに「近いうちに」とは言ったが流石に早すぎるだろう。

 あまりに「近いうち」の再開はそれから数日後の事だ。

 俺がとある商人から言い値で―――それには相応の理由があったのだ。ともかく、言い値で宝の地図を買う姿を見た相棒は、それはもうどこからつついてやろうという満面の笑みを浮かべていた。